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結び合うこと、助け合うこと、支え合うこと [チョット気になる文章]

結び合うこと、助け合うこと、支え合うこと

――最近はマスコミでも巷の居酒屋でもしきりに、資本主義は行き詰まっている、欠陥だらけだということが話題になっています。しかし、資本主義に代わる思想、体制というものは見当たりません。われわれは何に希望を見いだそうとすればいいのかという時に、先生は「連帯」という言葉が鍵になるとおっしゃっていますね。


内山 近代世界は人間と人間の結び付きを、商品の結び付き、市場での結び付き、巨大システムによる管理に変えてしまいました。人間が生きているという感覚が消え、市場経済や巨大なシステムの「冷たい貨幣」の中で翻弄されるようになってしまった。

これを打ち破るには、ローカルな世界、ミクロな世界、「里」の世界、どんな表現でもいいのですが、生命が結び合う世界をつくらない限り、私たちは自分だけを守ろうとするおびえた存在であり続けるだろうと思うのです。


 人と人の連帯には、お互いにいかなる損傷も与えない「共存」、お互いに恵みを与えるような「互恵」、そして対立的な関係もあります。本当の連帯というのは、対立的関係を含めて、折り合いをつけていくということです。
連帯といえば人間と人間との連帯を思い浮かべますが、日本の連帯は、個人と個人の連帯ではありませんでした。個人の基盤には、共有された世界があったということです。

この共有された世界を基盤にして人々は自然と連帯し、人間と人間が連帯し、時には他の村と連帯してきました。共有された世界を通して行われる連帯というのは、正しい理念に基づいて連帯しようというのではなく、折り合いをつけることでした。西欧の連帯は、正しい理念に基づいた連帯です。ですから、弱者と連帯するのは正義だったのです。

それに対して、日本の伝統的な考え方は、正義を求めるのではなく矛盾を受け入れていくことでした。連帯の出発点は、共有された世界のほうにあったのです。

――共有された世界ということは、分かりやすくいえば、地域共同体ということでしょうか。


内山 地域共同体もその一つだと思います。自然と人間の連帯、地域社会での連帯、都市と農山漁村との連帯、高齢者と若者の連帯、健常者と障がい者との連帯、異なった文化で暮らす人々との連帯。これらのあり方を一つひとつ見つけ出していく積み重ねの先に、私は今日の社会システムとは異なる未来の姿が少しずつ見えてくるような気がします。

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代表がカトマンズから寄稿された、「つながりを優先にする社会」の記事を見ていて、過去にアップした上記の記事を思い出しましたので、再度記事アップでご紹介しましょう。(事務局)


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